ナット・キング・コール (Nat King Cole) が歌った『アンフォゲッタブル』から発見した未発売バージョン収録のラッカー盤と、レニーという女性の修道者
普通のレコード盤と同じように、
再生できるレコードとして、材質の異なる「ラッカー盤」
または「アセテート盤」というのもあります。
一般的には、円盤型の(金属の)アルミを芯にして、
その上からラッカーを塗ったものをいいます。
目的は、レコードをプレスするための「スタンパー」を
作るために、音溝を刻むために使います。
つまり、音溝をダイレクトに刻める“柔らかい材質のレコード盤”です。
また、磁気テープが高価だった時代、
主にアメリカのレコード会社では、
ラッカー盤に録音を複製して、
「レコード会社内の試聴用ディスク」としても用いられていました。
セールスのために営業の人達が聴くために使ったり、
発売日前に大きなラジオ局へプロモーションとして、
渡したりもしていたようです。
それらの役目を終えた、この手のレコードが、
中古市場に流通していることがありますが、
おおよそ99%は「単なる試聴用のディスク」であると
解釈して良いと思います。
余談ですが、ビートルズなどのコレクター達が
興味を引きそうなアーティストのものには
悪意の偽物(作りもの)もあります。
1970年代以降のものになると、
インディーズ・バンドなどが
自主制作で吹き込んだラッカー盤もあります。
今で言うCDーR(記録用のCD)と同じ意味ですね(苦笑)



磁気テープ(マスター・テープ)から、レコードをプレスするためのスタンパーを作るために、
ラッカー盤に複製して(音溝を刻んで)いるところです。
写真は1950年なので、まだキャピトル・タワーができる前です。
そんなラッカー盤があることを筆者が最初に知った頃は
物珍しくて、アメリカの中古レコード屋さんから、
いくつか譲ってもらったりしていました。
情報のために色々探し物をした経緯と、
誰かの紹介なども含め、
このナット・キング・コールのラッカー盤も入手していました。
でもそれは、少なくても、今から20年以上は前のことです・・・・

上記に説明しましたように、一般的に出回っているラッカー盤は
試聴用のため、中身は、通常の一般市販されたレコードと同じですから、
筆者は、このナット・キング・コールのラッカー盤も、
よくある試聴用のものと思っていて、
気にも留めていませんでした。
試聴盤でも、タイトル等がきちんと書かれていないことも多いのです。
ちなみに、裏面は録音があるものの、失敗したようで、
音溝にグチャグチャっと、傷が付けられています。
入手してから、随分年月が経ち、
経年劣化で再生できなくなるうちに、録音しておこうと、
近年になって、かけてみました。
レコード盤も年数が経てば、劣化してくるのですが、
ラッカー盤は、保存状態にもよりますが、
わりと早く劣化して、ラッカー部分が
剥がれてくることがあるからです・・・
写真に撮りましたナット・キング・コールの
ラッカー盤のレーベル(シール)が貼られた面は、
全部で8トラックあります。
最初と最後の2トラックは、
短いテーマのような演奏ですけれども、
今までまで聴いたことも無いメロディーでした。
ナット・キング・コールの「テーマ曲」については、
筆者の別のサイト記事にて書いているので、
よかったら御覧ください。
ナット・キング・コールの未発売(アンリリース)音源の記録盤にある、
オープニングとエンディング・テーマ?の謎・・・
他の6トラックは、
各楽曲の前に、ナット・キング・コール御自身が
曲の説明などを語っているのです・・・
一体なぜ、トークが入っているのか分からず、
このラッカー盤のラベルを見ても、
「NAT COLE」「SISTER RENNY TRACKS」「APRIL 1952」
しか書かれていません。
この中に、とても印象的な
『Unforgettable(アンフォゲッタブル)』もありますが、
このラッカー盤のは、当時の市販レコードの録音とは違い、
ストリングスの伴奏が無いため、
筆者は「?」と思うようになりました。
そこで、
ナット・キング・コール (Nat King Cole) が吹き込んだ
『Unforgettable(アンフォゲッタブル)』のレコードを調べてみますと、
アメリカのキャピトル・レコード (Capitol Records) から、
1951年7月にシングル(ドーナツ盤と、SP盤)で
発売されたのが最初でした。
レコード番号は「1689」で、B面は『Pretend』でした。
続いて、約3ヶ月後の1951年10月に
B面を『My First and My Last Love』に組み替えた
シングル(ドーナツ盤と、SP盤)レコード番号「1808」が
発売されています。
つまり、1953年頃までに ナット・キング・コールが吹き込んだ
『Unforgettable(アンフォゲッタブル)』の
シングル(ドーナツ盤、SP盤)には2種類あり、
B面が
『Pretend』レコード番号1689(1951年7月発売)
『My First and My Last Love』レコード番号1808( 1951年10月発売)
の2枚で、このどちらの 『Unforgettable』も
ネルソン・リドル(Nelson Riddle)楽団による
ストリングスの伴奏が付いたもので、同一の録音です。

上記の現役盤 資料では、レコード番号1689はリストに無いので
1953年には、もう廃盤ということです・・・
また、1952年に発売された10インチのLPレコード、
同名タイトルの12インチのLPレコードに入っている
『Unforgettable(アンフォゲッタブル)』も
上記シングルと同一の録音です。


他には、1961年のステレオ・バージョンなどがありますけれども、
ラッカー盤の録音とは違い、
資料上でも発売されたものと一致する録音はありませんでした。
・・・このことから、このラッカー盤の録音は
「未発売(アンリリース)音源」であったと断定出来ました。
そして筆者は、このラッカー盤の録音内容は、
一体何だろうと考えました。
ナット・キング・コール御自身の声が入っているので、
最初はどこかでのライブ演奏を録音したものかも知れないと
思ったものの、司会者の声や、
観客の歓声や拍手の類も入っておりません・・・
あるいは、ラジオで流すために作られた録音かも知れないとも
考えたものの、番組やラジオ局のジングル等や、
番組アナウンスも無いことと、
時間が中途半端ですから、ラジオ番組とも考えられず・・・
そこで、ナット・キング・コール御自身がしゃべっている、
メッセージを考えてみました。
『Unforgettable(アンフォゲッタブル)』の演奏前には、
以下のように吹き込まれています・・・
再生ボタンを押すと、実際の音声が聴けます。
オーディオファイルをMP3ファイルに変換しているため、
実際の音質よりも2段階位、悪くなってますが・・・
下の英文は、文字起こしです。
「ladies and gentlemen here’s a lovely ballot
we hope you may enjoy we had the pleasure recording
this Tunes quite a few months back we hope
you may enjoy listening to it again it’s called Unforgettable」
この「ladies and gentlemen」は、一体誰に向かって
話されているのか・・・?
日本語にすると
“数か月前に、この曲を録音することができて嬉しかったです。
もう一度聞いて楽しんでいただければ・・・”
とあります。
上記に記しました通り、ナット・キング・コール (Nat King Cole) の
『Unforgettable(アンフォゲッタブル)』は、
1951年7月にキャピトル・レコード (Capitol Records) から
発売されており、このラッカー盤のラベルには、
1952年4月の日付けがあることを考えると、
ナット・キング・コールがしゃべっている
「数ヶ月前」というのは、市販のレコードになっている
ネルソン・リドル楽団が伴奏をした録音のことで間違いないでしょう。
それでも、このラッカー盤が何のために作られたのかは分からず、
気長に調べてみることにしました。

このラッカー盤に書かれた「SISTER」という単語を
キーワードに、当時のアメリカの背景を調べ、
そこから事情にたどり着くことが出来ました。
アメリカで「慈善事業」が社会的に非常に活発な時期だった1950年代、
戦後復興や冷戦の影響もあり、地域社会や
世界への貢献が強調されていたそうです。
中でも、地域社会の中心的な役割を果たしていた教会で行われる、
チャリティー・イベントが活発で、
教会が主催する慈善活動は、信仰を実践する一環として行われ、
多くの人々が積極的に参加していたそうです。
その「チャリティー」という言葉自体が、
キリスト教の教えに深く根ざしているとされ、
「Faith, Hope, and Charity(信仰、希望、慈善)」が
重要な美徳として挙げられています。
そのため、教会での慈善活動は、宗教的な意味合いと結びつき、
広く受け入れられていました。
それで、チャリティーと教会には、深いつながりがあります。
教会が行うチャリティー・イベントの目的は、
貧困家庭の支援、地域社会の発展、海外宣教活動、
孤児院や病院の運営支援など、具体的で身近なもので、
こうした活動は、信者同士の絆を深めるだけでなく、
地域社会全体の結束力を高める役割も果たしていたそうです。
ナット・キング・コールは、
父親が教会の牧師さんだったこともあって、一般の人達よりも
多くの教会の人物と、お付き合いがあったそうです。
教会でのチャリティーは、上記のような
社会的背景があったこともあり、1952年3月頃、
レニーという女性の修道者が、
教会でのチャリティー・イベントのために、ナット・キング・コールへ
出演を依頼したそうなんです。
でも、単にスケジュール的なことだったのか、あるいは
出演料のことか、キャピトル・レコードとの契約上のことか等の
詳しい理由は、はっきりしないのですが、
ナット・キング・コールは、レニーさんのいる教会の、
そのチャリティー・イベントには、
出演・演奏することが出来なかったそうなんです。
それでナット・キング・コールは、親愛なる
シスター・レニーのためにスタジオで録音し、
彼女の教会でレコードとして再生出来るよう、
ラッカー盤(吹き込みながら、直接に音溝を刻むことの出来る盤)にして、
彼女にプレゼントしたものが、この現物だったとのこと。
でもレニーさんは、このラッカー盤を
再生することが無かったとされ・・・???
・・・当時は、まだ78回転の蓄音機でかけるSP盤が一般的ですから、
教会に33回転のLPレコードがかかるような、(当時としては高価な)
レコード・プレーヤーなんて、無かったのかも知れませんね。
とにかく、
この録音のラッカー盤は、ナット・キング・コールから
レニーさんへプレゼントされたもののため、
結局、この現物1枚しかなかった・・・ということらしいのです。
そのような事情、経緯だったならば、
ナット・キング・コールが、それぞれの演奏の前に、
曲の解説を吹き込んでいる理由にも納得が行き、
ラジオ用でもなく、ライブ録音でも無かった
ということでも理屈が合いますよね。
そして、キャピトル・レコードから発売したレコードと
「同じではないバージョン」であったことも、
理にかなっていると思えます。
ただ、このストーリーは既に70年以上も前のことであり、
文献などに載っている事柄でもありませんため、
そんなことだったのかな・・・という感じで
解釈していただけたらと思います(笑)
もうこのラッカー盤は、既にある人へ預けてしまい、
天国のナット・キング・コールさんに、思いが至らず、
申し訳なかった気持ちがあるものの、
1曲分だけ、筆者がプライヴェート復刻させていただきました・・・
それも『アンフォゲッタブル』!!!(笑)
ナット・キング・コールの説明とともに、
当時のラッカー盤の音で聴ける、幻の音源です・・・
『資料録音(16)』ポピュラー・ヴォーカルの楽しみ〜ナット・キング・コールの世界初公開音源?!編(XP-10016)

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