キャピトル・レコードの忘れられたアルバム〜『Songs Without Words』と謎の作詞コンテスト(前編)


アメリカでは1940年代にも「ムード・ミュージック」という言葉は
既にあった時代ですが、ヴォーカルのない、演奏だけの音楽であることを
わざわざタイトルにした、ポール・ウエストン楽団演奏による、
SP盤を3枚組みにしたアルバムがあります。

それは、アメリカのキャピトル・レコード (Capitol Records) が、
1949年7月に発売した
『Songs Without Words(言葉のない歌)』というアルバムです。

『Songs Without Words』(Capitol records)

上記、ボックス型の収納箱(ジャケット)を開いたところ。

レコードのレーベル部分。


2002年に、イギリスのヴォカリオン(Vocalion)レーベルが、
このアルバムの復刻CDを作りましたが、その前に、彼らがこの復刻CDを
企画していた時には、キャピトル・レコードの本社にも残っている資料が
ないばかりか、このSP盤アルバムの存在そのものを知る人がいなく、
(当時)ロバートファーノン・ソサエティーという、
世界規模の音楽業界に通じる社交界で、
このアルバムの情報を募っていたほどです。

実は、それ以前からも、このSP盤のアルバムは、背景に
奇妙な物語を持っているものとして、アメリカのコレクターの間で、
しばしば話題になっているようでした。

イギリスのヴォカリオン(Vocalion)レーベルが、2002年に発売した復刻CDです。
ポール・ウエストン楽団の他のアルバムも一緒に入っています。


このアルバムは、キャピトル・レコード創立者の一人である、
ジョニー・マーサーを筆頭に、

ジョニー・マーサー
アイシャム・ジョーンズ
レイ・ノーブル
ジミー・マクヒュー
ポール・ウエストン
リヴィングストン&エヴァンス


以上の当時著名なソングライターが、
それぞれ作曲した合計6曲を
ムード・ミュージックで有名なポール・ウエストン楽団によって
美しく演奏されています。

でも、このアルバムの目的は、
キャピトル・レコードが主催する「作詞コンテスト」でした。
収録されている6曲の中から、どれか1曲以上に歌詞をつけて、
SP盤アルバムの箱型ジャケットに
同封された書類にて、応募する手順になっています。
応募の締め切りは、同年(1949年)10月31日の消印まで
となっていました。

ボックス型の収納箱(ジャケット)に、SP盤と一緒に入れられた用紙。
上の書類の上部の拡大。


審査員は上記の作曲者、計7名に加え、
マック・ゴードンとサミー・カーンの9名の名前が顔写真と共に載っています。
採用された人への賞品は、千ドルの先行印税、出版契約、
キャピトル・レコードのアーティスト達による楽曲録音の
3項目が提示されました。


そして当時のキャピトル・レコードは、以下のような説明をしています。

(要約):
「アメリカ国内には、実際に既に曲を書いたり
商業的に受け入れられる曲を書けると感じている人々が
何百万人もいるようです。
しかし、これらの希望を抱く多くの人々の内、彼ら自身の曲を
出版する機会は殆どなく、書いた曲を一度出版しようとすると、
多くの音楽出版社は無名の人々を相手にせず、
既に有名で確立された作家の作品に取り扱いを集中させています。
キャピトル・レコードは、未発見の才能が自己主張をし、
オープンな市場で競争する機会を与えるべきだと考えています。
未開拓の才能の原則に基づいて設立されたのが、キャピトル・レコードなのです。」


このSP盤アルバムが「奇妙な物語」として
語られるようになったのは、このコンテストの締め切り・・・
つまり1949年10月31日以後、
キャピトル・レコードは何も語らなくなったためです。
優勝者の存在どころか、そんなコンテストが
あったことすら触れられず、年月が経ち、
SP盤アルバムの購入者にも、
そのまま忘れ去られてしまった・・・とのことでした。

本当に、未開拓の音楽的才能を持った人物を
発見するための機会だったのでしょうか?・・・

上記に書きましたが、
ヴォカリオン(Vocalion)は、2002年に、
このSP盤のアルバム『Songs Without Words(言葉のない歌)』を
復刻CDにして発売しました。
音は、実際のSP盤から収録されています。

この時、キャピトル・レコードはヴォカリオンに対して
「このSP盤アルバムに関して、社内の記録には何も残っていない」
と語ったそうです。

ですから、現状としては、ヴォカリオンの発売した当復刻CDの
ライナーに書かれていることが、全ての情報ということになりますが、
ここで筆者は、
彼らも持っていない情報を一部追記として御紹介いたします。

キャピトル・レコードによる、作詞家コンテストの広告(1949年8月)


この『Songs Without Words(言葉のない歌)』は、
10インチ(約25センチ)サイズのSP盤3枚組みのアルバム
として発売されているのですが、
実は45回転のドーナツ盤3枚セットも存在しています・・・

左側が、10インチサイズのSP盤のボックス型(ジャケット)
右側が、7インチサイズの45回転ドーナツ盤のもの。
ボックスを開いたところ。用紙は小さく折りたたまれて入っていました。
折りたたんでいるため、1枚分でも厚みが出ます・・・
レーベル部分です。


7インチ盤で、45回転のドーナツ盤という規格は、筆者の別の記事
『レコードの種類と歴史』にも記載している通り、
アメリカのRCAビクターより1949年3月から発売されています。
ですから45回転は、
まだ売り出されたばかりの規格ということで、
新しく45回転のかかるプレーヤーを入手されている方は、
ほとんどいなかったのでは?と推測されますけれど・・・
現物がありますので、45回転盤のセットも作ってはいたのでしょうね。

もう一つ、極めつきは、
このアルバムをラジオで紹介するための、
プロモーション(宣伝)のレコード
があったことです。
78回転のSP盤で、両面盤です。

コンテストへの応募が、少なかったためなのか、
このコマーシャル・レコードは、
製品版の『Songs Without Words(言葉のない歌)』が
発売された後・・・つまり、締め切りに近くなってから
作られたようなのです。
実際にラジオで流されていたとすれば、
10月に入ってから、かも知れません。

とても貴重なコマーシャル・レコードのラベル部分。
男性、女性、それぞれの大御所歌手の名前が書いてある部分にモザイクを
入れさせていただきましたが・・・この記事の最後に御紹介している
復刻CDには記載しております。
また、45回転セットのレコード番号が書かれている箇所、当レコード番号にも
モザイクを入れております。


しゃべっているのは、キャピトル・レコード専属の男性と女性、
それぞれの大御所歌手が吹き込んでおります。
しかも、ラジオDJにも喋らせるようになっている構成で、
その部分に間が取ってあり、こんな変なスタイルのレコードを
筆者は他に見たことがなかったです(笑)


これらも、もう既に70年以上も経ってます。
こんな不思議なラジオ・コマーシャルが当時使われていたなんて、
御存命でも記憶にある方は皆無でしょうか。

コマーシャル・レコードのテキスト(台本)です。
一番上に、タイトル『Songs Without Words(言葉のない歌)』名が入っています。

© 2025 磯崎英隆 (Hidetaka Isozaki)


上記、御紹介したSP盤のアルバム『Songs Without Words(言葉のない歌)』は、
ポール・ウエストン楽団による、優しいムード・ミュージックの名作でもあり、
ぜひ、これらの稀少録音をお楽しみいただきたいと、筆者が
『忘れ去られたSP盤のアルバム+2』(EW-780)として、復刻CDを作らせていただいてます。
表紙の写真は、キャピトル・レコード設立最初の本社オフィスです。
懐的音館へのリンクを貼っておきますので、よろしかったら御覧ください。

また、この記事にて、同時に御紹介している
コマーシャル・レコードから、男性歌手によるハミングの部分、
ならびに、この記事の続き「後編」にて紹介の
2回目のコンテスト・レコードは、
『資料録音(12)』キャピトル・レコードのコンテスト続編と知られざる広告(XP-10012)
として、同じく復刻させていただいております。


コメントを残す