銀座十字屋にて使われたレコードの入れ物・・・
もう随分遠くなってしまった昭和の時代・・・
大抵の駅前商店街には「レコード屋」がありましたよね。
日曜日に家族で何処かへ行った帰りなどで、立ち寄るのも、
当時の文化の一つとしてあったように思います(笑)
子供の頃、伊勢佐木町通り、または横浜駅の地下にあった
ヨコチクというレコード屋さんで、
祖母にもらったお小遣いを手に、何度かレコードを買っています。
近所のレコード屋さんで購入することが圧倒的に
多かったですけれど、
この「レコードを買った時に、そのレコードを入れてくれる袋」
というのは、なかなか、とっておかないですよね。
紙製のお店もあったものの、大抵はビニールの袋でした・・・
昭和50年代の話ですけれど、
どっかに探せばあるかも知れません・・・でも、
この写真のものは、ちょっと古過ぎる時代のようです(笑)
これはどう見ても、
LPレコードやドーナツ盤ではなく・・・
SP盤(78回転の蓄音機でかけるレコード)のものです。
「JUJIYA GAKKITEN」と書かれたボール紙のような袋です。
英字は左から、日本語は右から読むようになっています。
「十字屋楽器店」東京銀座3丁目とあります。私には
情報が何もないものの・・・十字屋というキーワードといえば、
レコード評論家の出谷啓 氏です(笑)
出谷氏の文章は、昔よく目にしてましたが、
そこに「十字屋」という単語が時折出て来ます。
大学卒業後に、京都の十字屋(レコード店)に
勤務されていたそうで、その時のお話に出て来るのでしょうね。
でも、それだけでは何もわからないので、
ネット検索してみると、銀座十字屋のホームページがありました。
銀座十字屋のホームページ
https://www.ginzajujiya.com/company/
1874年(明治7年)創業・・・
会社概要のページは充実しています。
そして、
「日本における西洋音楽のルーツとは」というPDF書類まで
公開されています。十字屋の名前の由来から、
色々な情報が記載されていて、
興味深く読ませていただきました。
今回は、この袋(当時は別の呼び名があったかも知れませんが)
のことなので、会社概要を見させていただくと、
明治40年代に「ビクターレコードと独占契約」されていたそうです。
(銀座十字屋 会社概要より引用)
ビクターレコードとの契約により、
国内販売は十字屋が一手に取り扱うことになった。
関東大震災頃まで独占的に販売、
日本のレコード総輸入量の80~90%を常に占めていた。
とあります。
なので、この袋にはビクター・レコードのロゴと文字しか
なかったのですね(笑)
東京銀座の十字屋楽器店にてビクター・レコード(SP盤)を
購入して、この写真のレコードの袋に入れてもらった
ということでしょう。
一体、どんなSP盤をお買いになって、この袋に入って
いたのでしょうかね・・・
この袋は明治時代? それとも・・・と、
思いながら時代を進めてみると、
(銀座十字屋 会社概要より引用)
昭和5年、コロムビア、ポリドールレコードの取り扱い開始。
と書かれています。
ということは、この袋は明治40年代から昭和5年の間
の時代に使われていたという推測になります。
昭和5年以前ですか・・・古いですね(苦笑)
そこで今度は、もう一つのレコードの袋・・・
これには、ビクター (Victor)、ポリドール (Polydor)、
そしてコロムビア (Columbia) のレーベル名が
記載されていますので、
昭和5年以降のものと推測されますね。
そして、裏側、そして内側に住所の印刷された
紙が貼ってあります。
裏側と内側の住所や宛名は違うようです・・・?
裏側の宛先は、東京市(東京都ではなく)
日本橋区の中央経済新聞社宛てになっています。
この新聞社はもう無いのでしょうか。
「東京市」は、東京府と統合されて「東京都」に
なったのが1943年(昭和18年)だそうですから、
この袋は昭和5年から、昭和18年の間辺りに
使われたことと推測されます。
こちらは袋というよりも箱なので、
通信販売みたいなスタイルだったのかも知れませんね。
内側に貼ってあるのは、埼玉県北足立郡?のような住所で、
転送でもしたのでしょうか・・・
現物から読み解ける情報は少ないものの、
昭和5年以前と、昭和18年以前に、
東京は銀座の「銀座十字屋」にて使われた
SP盤の袋(というのかな?)でした。
当時、どんなお方が、どんなSP盤を
お買いになったのか・・・当時としては、
おそらく、とんでもなく高価だったのでは?と
思いますけれど、
そんなことを想像してみるのも楽しいですね(笑)
銀座十字屋にて使われたドーナツ盤の袋も御紹介しておりますので
よかったら、合わせて御覧ください。